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天地人 第一五回「御館落城」 
天正七年,越後を二分していた争いも終局を迎えていた。春日山の上杉景勝方が甲斐の武田勝頼と手を結び,そして上杉景虎方が目論んでいた相模北条からの援軍が雪の為に進軍が鈍化した為である。事実,景虎方では陣を脱する雑兵が日に日に増えていた。

春日山城本丸では御館総攻めの可否につき,軍議が催されていた。しかし大将である景勝は決断を渋っていた。実母の仙桃院に実妹である華姫が居るからであるためか。痺れをきらした吉江宗信は,武田に頭を下げた今,また景虎に和睦を持ちかけるのかと。

御館には仙桃院と華姫を春日山方へ引き渡す様にとの書状が届けられていた。しかし北条高広は徹底抗戦を唱えるが,遠山康光にいたっては消極的である。

決戦か,それとも和睦か。両者につく諸将の心中は揺れ動いていた。それでも景勝方からの引き渡し要求について,景虎方はそれを拒否した。

兼続は仙桃院に華姫の安否を気にしていた。そんなおりにお船が御館へ向かった。仙桃院と華姫に対して春日山へ戻る様にとの説得である。しかしそれに応じる仙桃院では無かった。偽りの遺言の責任をとる必要があるという。

そんなおりに戦勝祈願に訪れた北条が,何者かの襲撃にあい落命。

北条暗殺の報を受けた景虎は,敗北を悟り意気消沈してしまった。景虎の思いは降伏へと動き始めた。そんな景虎の心を見定めたかのように,仙桃院が面会に現れた。仙桃院は戦を終わらせる様にと懇願した。そして景虎の心も揺れ動き,和睦への道を探し始めた。

天正七年三月,景虎は嫡男である道満丸を景勝との和睦の証として送ることを決断。華姫はそんな我が子を心配し,お守りを手渡し送り出した。

道満丸は輿に揺られ春日山を目指していた。その手には華姫より授かったお守り。その中には母である華姫の髪が。しかし辿り着く前に,何者かの襲撃に遭遇してしまい,幼い命を散らせてしまう。

遠山はそれを景虎に伝えた。襲撃者を景勝の息が掛かるモノであると思い,さらに遠山の催促も背中を押したのか,春日山への攻撃する決断を渋々だした。

攻められては,総攻撃を掛けずにはいかなくなった景勝。配下一同に対して御館への攻撃命令をくだした。兼続は仙桃院,それから華姫を救出すべく御館へと足を踏み入れる。仙桃院を見つけ出すことができたが,すでに,景虎,そして華姫が僅かな供とともに,御館を抜け出したことを知る。

景虎は遠山等,僅かな供回りの者と,華姫を従えて鮫ヶ尾城へ落ちのびていた。しかし再起を図れるほど猶予は無く,鮫ヶ尾城主もまた景虎を裏切ったのであった。

景虎は死を覚悟した。そんな主君を見て遠山は,「北条へかえる」とし不敵な笑みを残して,景虎の元を去っていった。

そんな景虎に従う者は華姫ただ一人。華姫は「あの世までお伴する」と死ぬ覚悟を告げ,「幸せであった」と景虎に御礼する。景虎がその場を離れると,華姫は自らの短刀を手に取り,道満丸の待つ世へと旅だった。

兼続以下,景勝小姓衆は景虎の元に現れる。そして道満丸の一件は,景勝方の仕業では無いと告げる。しかし景虎にしてみれば,「もはや人を信じ抜く力を持たぬ」と誰もかも信じられない疑心暗鬼に陥っている。景虎は骸と化した華姫を抱きかかえ,自らの命を絶つ場へと去っていった。

景虎の最期を景勝へ報告する兼続。そして仙桃院から「生きすぎた」という言づても伝えた。涙をこらえる景勝。これで内乱に一区切り付けることだできたのであった。


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天地人 第一四回「黄金の盟約」 
樋口兼続は武田方の高坂弾正と,盟約を結んだはずであった。しかしそれが無かった事の様に,一月後には武田の軍勢が越後春日山へ向歩みはじめた。

兼続は狼狽していた。もう一度,武田の陣中に向い,直談判に向かうと必死になるが,小姓仲間に止めら,牢に入れられ身動きが取れなくなった。

それを耳にした春日山勢。景勝とそれに従う者達に動揺が走った。軍議の席では吉江宗信や直江信綱等が,不満を募らせて兼続を批判。

実は高坂弾正は,陣中で病のために亡くなっていたのであった。

兼続は何か他に,この状況を打開するは無いのか,牢でもって一人必死に考えた。そして答えを見つけ出すのである。

一方,御館では景虎が,北条と武田の動きを聞き,満更でもない笑顔。それを見た華は,景虎の昔の姿を懐かしむ。

牢に訪れた惣右衛門。兼続は父に向かい,牢から出してくれる様に懇願する。それは上杉景勝が生き残る術を考えつき,それを直訴するためであった。

惣右衛門に牢から解放してもらった兼続は,そのまま景勝の元へと向かった。そして景勝に告げた。黄金を武田にわたし,それで和議をはかるというものである。相手の欲を利用して,味方になってもらうということだ。

景勝は断固拒否。

さらに小姓仲間にも愛想を尽かされてしまう。

そんな状況を耳にしたお船。彼女はまたまた密会で兼続を励ます。景勝を説得できるのは兼続だけだ・・・と。
それで元気を取り戻した兼続は,毘沙門洞に籠もる景勝を見守る様に,渡り廊下で正座してその時をまっていた。それを見守るのは上田庄からの小姓仲間。

そこへ現れたのは兼続の父,惣右衛門。惣右衛門は息子のことでと頭を下げた。惣右衛門が言うには兼続は,自分はこの上杉家の内紛を引き起こしてしまったことに罪を感じている。殿(景勝)を当主に据えるためにはなりふり構わず,恥をかくことも,命を投げ出すことも辞さない覚悟であることを語った。

毘沙門洞で上杉謙信の亡骸が収められた樽を前にして,景勝は生き抜いて越後を守ることを決断。

兼続と泉沢久秀等は,百姓の姿でもって武田陣中へ黄金を運んでいった。

武田勝頼との直に交渉を行った兼続。黄金というアイテムを用いて,勝頼の気持ちを掴むことに成功。武田は軍を甲斐へと引き上げていった。

さらに武田と上杉の同盟を強固なものにするため,武田勝頼の妹である菊姫が景勝の嫁として越後へ迎え入れることも決まっていた。

景勝がしみじみと,武田の姫を迎えることになるとは・・・。十年前からすれば考えられない状勢の変化である。


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天地人 第一三回「潜入!武田の陣」 
なんとか兵糧を確保できた春日山城に籠もる上杉景勝軍。しかし未だに上杉景虎方の方が形勢が有利であった。
甲斐の武田勝頼率いる三万もの軍勢が,信越国境付近に陣取り,また相模北条氏政の軍勢も,上越国境に向かう不安も拭いきれない景勝軍。

軍議では直江信綱らが,武田軍が攻めてきたとしても,戦いあるのみと強行な意見が態勢を占めていた。もしも武田と北条が連携して越後へ攻め掛かってくれば,景勝方に勝ち目は無い。

上田庄の坂戸城で北条軍の越後への侵攻を阻止する決意をしたのが,城代家老であった栗林政頼に深沢利重の両名。栗林等の意見に同調し,一緒に行動をしようとする上田庄出身の若者もいたが,春日山が手薄になると兼続がそれを止めた。

景勝は二人の決死の覚悟に,別れの杯を交わし,明朝,春日山城から坂戸城へと向かった。

御館では景虎が仙桃院に詰め寄られていた。武田と北条の軍勢を越後へ入れたらどの様になるのか。まして北条氏政には何度,裏切られてものかと。しかし景虎は実兄でもある氏政を利用するだけという。

兼続にはこの困難を打開する良策が見あたらない。同志らは勝てる見込みが薄いことを案じていることを兼続は知る。そんなおりに父惣右衛門より,「己の力の限りをつくせ,母の言った紅葉の教えを忘れるな」と叱咤激励された兼続であった。

遠く近江の安土城では織田信長が,越後の状況を初音に語っている。上杉謙信には加賀手取川で敗退したが,その謙信はいない。さらに内乱がおき天下無双といわれた上杉と武田両家が小競り合い。信長は自らの勝ちを確信した。

初音はそんな信長に「勝って閉ざされる道もあれば,負けて開ける道もある」と説く。「真田の教えか」と信長。真田が小さい領地ながらも,生き抜いてきた処世術ともいうべきものをかたる初音。信長はそんな初音を「面白いおなごだ」と不気味に笑う。

兼続は夜もなんとか,この難局を乗り切る良い手立てが無いものかと頭を悩ましていた。そんな時に弟の与七が放った一言で執るべき方針が閃いた。それは武田と手を結ぶということである。

そして軍議の席上で兼続は景勝へ進言する。「信濃と上野の上杉領を武田家に譲り,武田家と和睦をする」というのである。しかし重臣等は猛反発する。かつて武田家とは信濃はもちろん,関東でも刃を交えた宿敵。戦わずに膝を屈するとは屈辱であるというのが意見である。さすがに景勝も拒否して,軍議の席を立ってしまった。

景勝の後を追う兼続。そこで兼続は景勝の説得をはかる。今の現状,つまり戦っている相手は上杉景虎であって武田ではない。越後の土地を守るためには武田を味方にするしか方法は無いと。

景勝は「お館様(上杉謙信)が許されると思うのか!」と一喝。しかし兼続もひるまない。「殿は殿,お館様はお館様ではございませぬか」」と。越後のためにつまらない誇りは捨てるべきだと言い放ち,景勝の説得に成功した。

武田の陣へ向かう不安,失敗したときの越後は・・・兼続の心配事はつきない。そんな夜明けの春日山でお船と顔を合わした。お船は兼続を勇気づけ,自らの髪を結っていた紐を兼続に投げ渡した。

兼続は泉沢久秀と与七を引き連れ,武田の陣へと向かう。陣へと近づくと武田の兵に囲まれ,そのまま高坂弾正の元へと引き連れられた。

高坂弾正の前で兼続は使者としての用件,武田との和睦を条件とともに要求。高坂は北条と武田の結びつきの深さを語るが,兼続は武田が恐れているのは織田信長。その信長を破ったのは上杉であると誇示する。高坂は兼続の器量をかい,また上杉謙信は信玄公が唯一認めた武将であることを語り,最後の奉公のつもりで勝頼を説得すると和睦を了解してくれた。

和睦は成功しそうな雰囲気。しかし春日山城では武田との和睦を了承した景勝へ,吉江宗信が不服を訴えていた。過去の歴史から武田家と和睦は,上杉の侍としての屈辱であることを物語っているのであろう。


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織田信長を語る 其の八 
天文二三(1554)年、尾張守護であり清洲城主の斯波義統が、守護代の織田信友およびその家臣であった坂井大膳らの謀によって命を落とすこととなる。

斯波義統の息子である義銀は、狩りの為に城外へ出ており難を逃れることができた。その義銀が父が策略により命を奪われたことを耳にすると、その足でもって信長を頼り那古野へ向かった。

義銀から事情を報された信長は日を置かず、宿老である柴田勝家を先鋒として,織田信友へ戦を仕掛けた。そして翌年の弘治元(1555)年、守護であった斯波氏に反逆した守護代織田信友を謀殺して、清洲城を奪取することに成功。このときの謀は次の様であったと言われている。

織田信友により尾張守護職を譲ると言われた織田信光。しかし織田信光はすでに信長と、領国内を両者間でもって分割する密約が結ばれていた。信友は信光を謀ろうとしながら,逆に主殺しの名分の元に討たれた。

織田信友が死んだ後、清洲城は信長が自ら入城。そして信長は信光を守山城から那古野城への配置換えを指示。
この時に守山城へ入ったのが信長の叔父である織田信次という者であった。しかし彼はある事件を契機として織田家を出奔してしまったのでる。

それは信長の弟に秀孝という者おり,彼が乗馬をしていた時のことである。織田信次の家臣が誤って放った矢が秀孝に命中していまい、命を落としてしまう。事故であった。これに激昂した信長は信次を罰しようとするが、その時にはすでに姿をくらましてしまうが、弘治二(1556)年に再び守山城を守備することとなる。

さらに那古野城主となった織田信光。かれも同年一一月、自らの居城であるはずの那古野城にてその生涯を終えている。死因については不明であり,病死か事故死かさらには謀殺など様々な説が流布されてる。

信光の死は信長にとって、尾張一国の統一へ向け障害が一つ取り除かれたことになったと言えよう。その為か信長の命により暗殺されたということも考えられるが,これも多く流れている推測の一つであろう。


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歴史小説 「徳川四天王」 
徳川家康が天下統一を果たして江戸幕府を創設する。その徳川家臣団の中にあって特に功績を後世に認められた四人を「徳川四天王」という。

酒井忠次,榊原康政,井伊直政,本多忠勝。

そんな彼らの活躍無くしては,徳川家康といえども天下平定どころか,三河一国の当主として戦国時代を生き抜くことは難しかったと言われている。

そんな彼らの活躍を小説化した (と思った) 作品が今回紹介する南原幹雄氏の「徳川四天王」。

本多忠勝を軸にして物語はすすみ,彼らの活躍を描く長編小説である。

「
徳川家には数多の才能に秀でた家臣が存在していた。

特に酒井忠次,榊原康政,井伊直正,そして本多忠勝。

彼ら四人は「徳川四天王」と呼ばれるほどの重鎮であった。

彼らの活躍を描いた作品と思い込み読み始めたのだが,ちょっと期待はずれに終わってしまったことをまずは書いておこう。

物語は桶狭間の合戦前からはじまる。

まだ徳川家康が松平元康と名乗っており,今川家の人質として生活を強いられていた頃だ。

中心人物となるのは徳川四天王の一人である本多忠勝。

忠勝を軸にして徳川家の守り神の様に集う,小平太こと榊原康政と万千代こと井伊直政。

彼らにも活躍の場が与えられるはずであった。

しかしここで語られるのは躍動する忠勝が大部分。

さらにひょんなことから徳川家に肩入れする様になった鈴鹿の群盗一味。

特に前半では忠勝とこの鈴鹿の群盗の活躍に終始しており,彼らが徳川家を支えているとでも訴えている様に思えてしまった。

後半になると他の武将等の活躍も所々に描かれるのであるが,時を逸した感は否めない。

忠勝の活躍を読みたい人にはお勧めしたい作品である。

」





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ひろぞう戦国物語〜歴史小説〜



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天地人 第一二回 「命がけの使者」 
春日山城に籠城している上杉景勝と,それに従う者たちが新たな敵を向かえていた。それは飢え。兵糧が残り少なくなっているとのこだ。

御館に引き下がった上杉景虎方は,直江津や郷津,さらに主要な街道も含めて抑えていた。景虎方が仕掛けた兵糧攻めである。

春日山では景勝を囲み,この境地を打開するための軍議が催されていた。さらに景虎は実家でもある相模小田原と,密書のやりとりを行っているという情報に,さらに落胆する家臣一同。

御館では北条氏政から,上杉景虎宛の密書が届けられた。内容は越後へ援兵を送るとのことだ。兄弟の絆の強さに関心する遠山であったが,実兄からの報せに景虎は否定した。援軍の申し出は受けるが,八年前に和睦の証として質に入れられた三郎(景虎)。それを平気で裏切ったのが氏政だったからだ。

甲斐でも越後での内乱に関わる密書が,相模小田原から届けられていた。越後を責めてはいかがかという内容だ。それに対して武田勝頼に反論するのが,老臣である香坂弾正。香坂の考えは越後上杉と手を結び,強大となった織田信長に当たるということ。また信玄の遺言にもあった様に上杉を頼っていれば,長篠の大敗は無かったはずと力説するが,到底受け入れてもらえない意見である。

その武田の軍勢が信濃海津城に,続々と集結しているとの情報を掴んだ春日山。敵は御館の景虎だけでは無く,飢えと北条,そして武田までもが加わったことになった。

景勝は今ある手立てとして,二つの意見を挙げた。一つは潔く御館に膝を屈して降伏すること。そしてもう一つは玉砕覚悟で打って出て,潔く討死すること。しかし兼続は反対した。ことを急いてはならないと。

一方,直江家では信綱とお船の間が歪んできてしまった。お船が兼続を褒めちぎるからか,信綱が嫉妬したのである。

兼続は景勝と二人,なんとか生き残る術は無いものかと模索していた。そしてある一つの方策に気がついたのが兼続。それは春日山城の裏手にある,桑取という集落を見方につけ,そこから兵糧を持ち込むという考えだ。他に妙案が無いので,景勝は兼続にその使者として任に当たらせた。

桑取はまだ旗色を露わにはしていなかった。景勝にもそして景虎のどちらにも,まだ肩入れしていなかったのだ。成功するか否かは判らない。その猶予を三日と定めた景勝。

桑取へ向かった兼続。その途中で老婆が足をくじいたらしく,兼続は急ぎの足をとめて介抱する。冷たい川の水で冷やした手ぬぐいを患部にあてがう兼続。そこで自分の身分を話し,景勝の自慢話をはじめた。そして行き先を桑取であることを老婆に話すと,引き留められる。兼続はそれでも行かなけばならないが,「話あいに行くのに不要である」と言って腰の大小を老婆に預けて先を急いだ。丸腰である。

兼続は桑取に辿り着いた。しかし兼続は何者かに不意討ちをくらい意識を無くす。

その夜,春日山城は景虎方である北条勢に夜襲を受けていた。必死に防戦する景勝方。

やっと目を覚ました兼続。そこは牢の中。周りは屈強の男たち。そして連れて行かれたところで,相対したのは斎京三郎右衛門という桑取の長である。兼続は景勝への合力を願い話合にきたのだが,すでに景虎方から金子が届けられており,あとは返事をするだけであることを聞かされる。

しかし兼続は何も持参してきていない。それを知った桑取の衆等は兼続に対し憤る。しかし使者として口をひらいた兼続。
「おまえたち!それでも上杉のサムライか!腰につけている刀は単なる飾りではあるまい」
周りの衆は腰の物に手をかけ殺気立つが,三郎右衛門は冷静であった。「自分たちの身は自分で守る。だから強い方へつき,金をくれる方につく」と主張。

兼続は反論。「上杉の誇りは金でははかれまい。なんのために命を賭けるかではないか」この言葉は三郎右衛門の心に響いたのかどうか。結局は命は取られないまでも,館から追い出されてしまった兼続。

その目の前に現れたのは,途中の道すがら出くわした老婆。実はこの老婆は桑取の長である斎京三郎右衛門の母(トメ)と告白。どうしても桑取の力が必要であることをトメに力説し,殿のためなら命などいらんと言いながら,気を失ってしまった。

そこに現れた三郎右衛門。トメから兼続が途中,刀を預けてまでやってきた兼続について話た。そして「景虎様は金のみをよこされた,しかし景勝様は越後のために命をかける,かような方を遣わされた」と語った。かつて謙信も刀を持たずに,桑取までやってきたとか。

約束の日の払暁,春日山本丸では皆々が決死の形相で居並んでいた。景勝が最後の決断を下すのを待っているのだ。惣右衛門は息子の不手際を詫びていた。直江信綱は景勝を促していた。そんな時,兼続帰館の旨が知らせられた。

兼続は無事に景勝の元に戻ってきた。それも桑取衆を連れて。三郎右衛門は景勝の前で遅参を詫び,合力する旨を告げた。そして配下に兵糧を運ばせ,これで春日山の飢えも凌がれることになったのだ。

しかし本当の試練はこれからだった。春日山の兵糧攻めに失敗した景虎方であったが,北条氏の軍勢が上越国境を越える時,その矛先がまず向かうのが,兼続や景勝の故郷である上田庄であるからだ。

それを知らずに白い握り飯をほおばる上田衆。


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丸に十字の家紋。

九州最南端の地,薩摩より九州統一を目指した義久。

かれの勇姿を,甲冑から読み取ることができそうだ。


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天地人 第一一回 「御館の乱」 
春日山城の本丸を占拠することに成功した樋口兼続。しかしこれ以上,春日山を血で汚さないために,上杉景虎へ直談判に向かう。しかし景虎の逆鱗に触れてしまい,兼続に斬りかかり,右腕を負傷。仙桃院が身を挺して守ってくれた為,命は救われた兼続であったが,交渉がご破算となった。

兼続としては誠意を見せ,また景虎方の兵も同様に本丸を狙っていたことをあわせて説くのだが,景虎の怒りを静めることができず「景勝に頭を下げられるか!これ以上の屈辱はたくさんだ」と吐き捨てた。

景虎を説き伏せる事に失敗し,子細を報告する兼続に「わかった,傷の手当てを」と応えた景勝。

仙桃院はこれ以上,実子の景勝と娘婿である景虎が,兄謙信の後継者争いを行わない様に景虎説得を試みる。しかし景虎の意志は固く,「景勝を信じていたのに,兼続と供に欺くとは」と不信感と供に怒りがこみ上げてきていた。

そんな仙桃院の元に直江家の姫であるお船が訪ねてきた。仙桃院はお船に,兼続への言づてを頼み,春日山へさらせている。

お船は兼続に「景勝のことを頼む」と仙桃院の言葉を伝えると供に,「まだ望みは捨てていない」旨を伝える。兼続は事の発端は自分にあると弱音を吐くが,お船は「そなたにはわたしがついている」といって元気づける。そんな密談まがいに話す二人の姿を見つめるお船の夫,直江信綱。

景虎に見方する武将が次々と集まってきた。立派な大将として立つ景虎。その姿を見て口元に笑みがこぼれる遠山康光。そして春日山城の本丸を占拠した景勝と,本丸奪還を目指す景虎との戦いの火蓋が切られようとしていた。

しかし軍勢がそろっていても中々現れないのが本丸の大将である景勝。かれは毘沙門洞に一人籠もっているのだ。そこに呼ばれた兼続。景勝は「自分が身を退けば,この戦を治められるのでは無いか」,また「この戦に義があるのか」と心の迷いをはき出した。兼続は「義の心を受け継ぎ,このいさかいを鎮めてくださいませ」と景勝を激励する。

「戦を決するのは天が見方する時」と謙信に教えられていた景虎。攻撃の命令を出さず,天の状況を眺める景虎。しかし以外なカタチでもって戦火が開かれた。景虎方の鉄砲足軽の一人が,カラスにおびえ一発の銃声を発してしまったのだ。その直後に雨が春日山を包みだした。景虎は天の見方を得られる前に,攻撃の命をだし「御館の乱」がはじまった。

本丸を占拠した景勝も攻撃の合図をだし,また「毘」と「龍」の大将の旗印を掲げ兵の士気を鼓舞した。

この後継者争いは瞬く間に諸国にも伝わった。播磨では羽柴秀吉が,明智光秀との会話の中で話題にあがり,また安土では織田信長の耳にも達していた。「・・・謙信ならこの俺をとめることもできたろうに・・・」と信長らしからぬ弱気な発言。それを聞いた初音は信長を軽く抱き,「それなら鬼になりなさい」と妖しく説いた。

春日山城での攻城戦は景勝方が有利であったためか,景虎方は状況を打開するため兵を一旦,御館に退いて体制を整わせる作戦を立てた。景虎は妻である華姫に対し,義兄の景勝の元に戻る様に促す。しかし華姫はそれを拒んだ。「一緒に連れて行ってくれ」とせがむ華姫に景虎は「信じた者に裏切られるのはたくさんじゃ」と言って部屋を出た。

それを急ぎ追う華姫。そして景虎の脇差しを奪い,鞘から抜いた刃を自らのど元に持って行き,命を賭して連れて行ってもらおうと懇願。その願いを受け入れ,景虎の心のわだかまりが一つ,解き放たれた様に見える場面であった。

一方の春日山でも一大事。城に蓄えてある兵糧が尽きかけているという出はないか。さてどうするのか。











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