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織田信長を語る 其の二 
織田信長が生まれたのは天文三年、これを馴染みのある西暦に置き換えると1534年になる。

今(2008年)から474年前というこだ。

その当時の日本はどの様な状態として,国が成り立っていたのだろうか。およそ500年前といと歴史の授業でも習った様に室町幕府の時代。将軍である足利氏が武家政権としてこの国の舵取りをしていた。

この当時,信長の生まれた尾張という国(今の愛知県)は、斯波氏が守護として統治していた。しかし斯波氏をはじめとした守護大名は多くの国を治めており,実際に統治していたのは守護代の面々である。

守護といっても名ばかりであり、応仁の大乱を境にしてからは全国的に名ばかりの守護などは,名声はもちろんその権威,果てはお家自体が没落していた。

尾張も例外では無く,守護代であった織田家が治めていた。その織田家も二家に分割されて、それぞれの家系で尾張一国を統治。

その二家というのは,岩倉城を本城として上四郡を支配していた織田信安と、清洲城を本城として下四郡を治めていた織田達勝である。

さて信長はどちらの系統だったのであろうか?そもそも信長の父である織田信秀は、下四郡を支配していた、織田達勝に仕える重臣の一人でしかなかった。

そんな状況下で信長の父である信秀は,他の同僚はもちろんであるが,主君であるはずの信達よりも実力がぬきんでていた。それの理由は経済力であるであり,信秀の治めていた領地に,地の利があったといえるだろう。

信秀は尾張の古渡城を本拠としていたが、このあたりは古来より交通の要所となっており、とくに伊勢方面との海運業でもって街の経済が潤っていた。

その経済力でもって信秀は強大な力を付けていき、やがて主筋であった織田達勝の力を圧倒するように成り、下四郡を統治する程の力を得ていったのである。

織田信長が信秀の子として誕生したのは、そんな時代であった。


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