永禄四(1561)年八月,越後の上杉政虎は軍勢一万八千を率いて,春日山城を進発した。甲斐の武田晴信以下武田家重臣等は,海津城の香坂弾正より報せを受け軍議を開催。
こうして軍議の間にも城攻めにあっているので,至急救援の軍を派遣すべきであるという声や,それほどの人数で押し寄せられれば,海津城など即座に落城してしまうのではという不安の声が上がる。しかし信玄と山本勘助は冷静であった。
勘助はその理由を説く。越後勢も此度ばかりは決戦を挑むはず。海津城を落としてしまえば,武田の本隊が川中島まで出向く機会を失ってしまうというのがその理由だ。
案の定,翌日になって上杉政虎率いる軍勢が,海津城へ攻め寄せずに妻女山へ布陣したとの報せを受けた。武田信玄は出陣の下知を出す。
信玄は妻の三条より,わたしのために勝ってくれと懇願される。そして信玄は必ず勝と約束をする。由布姫を側室に向入れて以来,最後の最後で夫婦の絆が深まった一場面でもあった。
山本家ではリツが,勘助こと父上に嫁ぐ決断したことを打ち明ける。また山本家は守ると力強い言葉でもって決戦に赴く勘助を見送った。
途中,勘助は諏訪へ立ち寄り由布姫の墓前に手を合わせて報告する。それは四郎勝頼の初陣であった。今度の戦に初陣させるつもりであったが,由布姫の幻が勘助を引き留め,首を横に振ったのであった。それに惑わされたのか勘助。初陣ということに高歓びしている勝頼に,此度は諏訪の守りを固めるので高島城へ入る様に信玄より下知があったと偽る。
勘助は上田に本陣を構え,信濃衆の集結するのをまっている信玄の元に赴き,勝頼を諏訪へ留ませた旨を報告。勘助の判断に理解を示した。
駒井は勘助が信玄に一身を捧げて仕えているのをうらやましがる。しかし信玄は駒井は武田家に無くてはならない人物であるので,どんなことをしても生き延びよと諭すのであった。
武田軍は信濃衆を加えて進軍。越後勢が立て籠もる妻女山を囲む様に陣を敷いた。
宇佐美定満は平蔵を傍らに,武田の包囲している陣を見下ろして,先に動いた方が破れるとこの合戦の勝敗を読んだ。また政虎は人の戦ならば,我が軍が負ける。しかし神の戦なら我が軍が勝利するなどと口走るが,これは自らを神とあがめるが故の余裕と受け止めることができるであろう。
両軍にらみ合いのまま,武田軍は妻女山の包囲を解き,海津城へ入城する。そこで策の練り直しであった。信玄は勘助と馬場の両名に策戦を考えろと命じた。
そんな折りに以前,行方不明となっていた原美濃守が生きていたという報せを受け,勘助がその地へ向かった。
原は手傷は追っていたが,命には別状はないとのこと。彼を助けたのがおふくという老婆。彼女に褒美をとらせつつ,この川中島一帯に濃い霧がでるのはいつ頃になるかと尋ねると,おふくは窓より外を見ながら明日であるとつぶやいた。
こうして軍議の間にも城攻めにあっているので,至急救援の軍を派遣すべきであるという声や,それほどの人数で押し寄せられれば,海津城など即座に落城してしまうのではという不安の声が上がる。しかし信玄と山本勘助は冷静であった。
勘助はその理由を説く。越後勢も此度ばかりは決戦を挑むはず。海津城を落としてしまえば,武田の本隊が川中島まで出向く機会を失ってしまうというのがその理由だ。
案の定,翌日になって上杉政虎率いる軍勢が,海津城へ攻め寄せずに妻女山へ布陣したとの報せを受けた。武田信玄は出陣の下知を出す。
信玄は妻の三条より,わたしのために勝ってくれと懇願される。そして信玄は必ず勝と約束をする。由布姫を側室に向入れて以来,最後の最後で夫婦の絆が深まった一場面でもあった。
山本家ではリツが,勘助こと父上に嫁ぐ決断したことを打ち明ける。また山本家は守ると力強い言葉でもって決戦に赴く勘助を見送った。
途中,勘助は諏訪へ立ち寄り由布姫の墓前に手を合わせて報告する。それは四郎勝頼の初陣であった。今度の戦に初陣させるつもりであったが,由布姫の幻が勘助を引き留め,首を横に振ったのであった。それに惑わされたのか勘助。初陣ということに高歓びしている勝頼に,此度は諏訪の守りを固めるので高島城へ入る様に信玄より下知があったと偽る。
勘助は上田に本陣を構え,信濃衆の集結するのをまっている信玄の元に赴き,勝頼を諏訪へ留ませた旨を報告。勘助の判断に理解を示した。
駒井は勘助が信玄に一身を捧げて仕えているのをうらやましがる。しかし信玄は駒井は武田家に無くてはならない人物であるので,どんなことをしても生き延びよと諭すのであった。
武田軍は信濃衆を加えて進軍。越後勢が立て籠もる妻女山を囲む様に陣を敷いた。
宇佐美定満は平蔵を傍らに,武田の包囲している陣を見下ろして,先に動いた方が破れるとこの合戦の勝敗を読んだ。また政虎は人の戦ならば,我が軍が負ける。しかし神の戦なら我が軍が勝利するなどと口走るが,これは自らを神とあがめるが故の余裕と受け止めることができるであろう。
両軍にらみ合いのまま,武田軍は妻女山の包囲を解き,海津城へ入城する。そこで策の練り直しであった。信玄は勘助と馬場の両名に策戦を考えろと命じた。
そんな折りに以前,行方不明となっていた原美濃守が生きていたという報せを受け,勘助がその地へ向かった。
原は手傷は追っていたが,命には別状はないとのこと。彼を助けたのがおふくという老婆。彼女に褒美をとらせつつ,この川中島一帯に濃い霧がでるのはいつ頃になるかと尋ねると,おふくは窓より外を見ながら明日であるとつぶやいた。




