鉄砲商人として越後長尾家に潜入していた道安こと山本勘助。だがすでにその身分は宇佐美定満には知られていた。もちろん長尾景虎も周知のこと。

景虎が勘助を定満にその身を預けたのは,武田がやがて越後へと侵略の手を伸ばし,このまま内紛が続いていては,国が成り立たなくなることを悟ってもらう為だったとか。そうと知った定満は,すでに景虎に臣従する決意を勘助に語る。

さらに定満は勘助を越後への寝返りを促すが,とうぜん首をタテにはふることは無かった。ここまで読んだ宇佐美定満という男,越後の軍師として物語の後半に向けて活躍するのだろう。

景虎が琵琶島に初めて訪れて三度目のとき,三顧の礼として定満を迎えた。定満も景虎へ誓詞をさしだし,御仏に誓って仕えることを宣言した。またこの場で長尾政景を討つことを景虎が口にし,その合戦でもって鉄砲一〇〇挺を利用するので,それに間に合わない時は勘助を撃つと最後通告。

そんな頃,甲斐の国では武田晴信の嫡男の太郎義信が元服。烏帽子親は守役でもある飯富兵部であった。

ここで話題にしばしばあがるのが山本勘助の生死についてである。勘助を救うには一〇〇挺の鉄砲が必要であったが,それはすでに先の敗戦である砥石城攻めでもって武田家では失っていた。

晴信の母である北の方は,心労から病を発してしまう。気を遣う晴信に勘助を救うようにと訴える。

越後では宇佐美定満が春日山に出仕。また勘助は鉄砲が届かないということで牢獄へ。景虎は定満を加えて,今後の対長尾政景対策の軍議を催していた。直江景綱や柿崎景家らは坂戸城攻めに乗り気であったが,定満は城を落としてはならないと発言。

ここで軍師宇佐美の策略が。長尾政景とは和議でもってあたるべきだと。その謀とは政景に恐れの種を植え付け,その種がふくらんだ時点で降伏してくるのを待つということである。無益な戦はするものでないと,景家にクギをうった。

そして年が明け春になると景虎は宣戦布告の書状を長尾政景に突きつける。しかし政景は景虎に降伏を申し入れてきた。そして臣従を誓ったである。定満が読んだ通りとなった。
これで越後を統一した景虎は鉄砲が必要なくなったのだが,家臣の前で宣言した通り一〇〇挺が届かないということで勘助を成敗することに。最後に長尾家に仕える様に諭すが,勘助は覚悟を決め首を差し出す。

道安が武田家の家臣であることを知るのは,景虎と定満のふたりだけ。

景虎は太刀では無く鉄砲でもって討つと言い放つ。木にくくりつけられた勘助。鉄砲の玉が当たらぬ様に毘沙門天に祈れと景虎。しかし勘助は神仏では無く主のみを信じると言い放つ。

神仏を信じる景虎と,人を信じる勘助。相反するふたり。

景虎は銃を構え,勘助が死を覚悟したその時,春日山城になんと鉄砲一〇〇挺が到着した。伝兵衛と津田監物がブツを運んできたのであった。監物によれば晴信に恩を売っておきたい為だと。

確かめた景虎は約束通り勘助を解放したのだが,勘助はこれから孫子の「風林火山」と毘沙門天の「毘」の旗印が長い間,最大の好敵手として争うことになると予感した。
  
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