ひろぞう戦国物語

戦国時代について,好き勝手に関連することを書かせて貰っているところ

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タイトル忘れ

先日更新した記事のタイトルを無題としてしまった。

疲れているのかな・・・。




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NHKドラマ 新撰組血風録

4月15日より日曜午後、NHKで「新撰組血風録」が地上はで放送開始した。

すでにBSでは以前に放送されており、いわば再放送みたいなものである。

ちなみに原作は司馬遼太郎氏の同名小説。

これがなんだか毎週の楽しみになってしまった。

何気なく録画しておいて視聴してみた。

まず思ったのが、ちょっと安上がりな新撰組ドラマ・・・。

しかしなぜか今まで3回分を欠かさず観てしまっている、はまってしまった様だ。

先日、「壬生義士伝」(著:浅田次郎)をおよそ10年ぶりに読み、その熱が冷めぬ前に観たのが原因か。

全12話のうち3話が終了したが、まだまだ物語は続く。


NHK 新撰組血風録

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新選組血風録 (角川文庫)

壬生義士伝 上 (文春文庫 あ 39-2)

壬生義士伝 下 (文春文庫 あ 39-3)




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幻想的な竹田城



天空の城、竹田城の映像です。


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歴史小説 「家康・十六武将」

今回紹介する小説は、「家康・十六武将 です。

どんな小説なのか。

狩野永納が描いたと伝わる「徳川二十将図」が、日光東照宮に保存されてます。

これは徳川家康を陰日向となって支えた徳川家二十人の武将が描かれている伝えられております。

本書はこの中から十一人を選びだして、さらに五人の武将を追加して、一武将を一編として活躍を綴った短編小説です。

徳川四天王と言われた本多忠勝や井伊直政を始め、本多正信や大久保忠世などといった有名な武将。

槍の半蔵と唱われた渡辺守綱や、弓の達人でもあった内藤正成など、あまり知られていない武将も記されています。

そんな中で興味深く読むことが出来たのが、京都所司代として辣腕ぶり発揮した板倉勝重でしょうか。

武将といっても槍を手にして戦場を駆け巡った訳ではありませんが、裏方として町奉行から大名並みに出世していった彼の姿。

戦乱の世が終焉して太平の世になる時勢を感じられます。




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史跡巡り 番外編

去年のことであるが、北海道を旅行した際に訪れた函館の五稜郭。

城跡、ということでホームページ上にアップしました。

気になる方は閲覧してください。


ひろぞう戦国物語



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歴史小説 「のぼうの城」

一ヶ月ぶりのホームページ更新。

今回は歴史小説。

いろいろと都合があり公開が延期されている映画「のぼうの城」の原作だ。

どうやら今年の秋に公開予定だとか。

オフィシャルページにその旨が記載されていた。
 
 のぼうの城 オフィシャルページ

さてその原作本。

しばらく前の少々、話題にのぼったので読んだという人も多いことでしょう。

感想はいかがでしたか。

まだ読んでいないという人は、この機会によんでみてください。



のぼうの城




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戦国武将 向井正綱

今日はあまり知られていない向井正綱。

といいつつも、本当によく分からない人物である。

向井氏とは元来、伊勢の北畠家に従う水軍を指揮する家であったそうだ。

正綱の父政勝の時に、駿河へ進出してきた武田家へ仕えたと言われている。

この時、正綱も父に従って水軍を率いる家臣として、武田家に仕官していたのであろう

天正七年、駿河持船城が落城し父の政勝も討死。

それでも正綱は最後まで武田家水軍の将として海を舞台に戦っていた。

武田家滅亡後は徳川家康に仕え、徳川家の水軍を率いる将となったと言われている。

それからどうなったのか。

不明である。


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戦国武将 古田重然

今日は古田重然です。

古田重定の子として生まれる。

正室は中川清秀の妹。

はじめは美濃土岐氏に仕えていた。

しかし永禄九(1567)年、織田信長の美濃攻めに従い、以後は織田家の幕下に加わった。

永禄一〇(1568)年、信長の上洛や畿内への出陣に際しては側近として従軍。

同四(1576)年には京において代官を務める。

そして織田信忠や義兄の中川清秀、羽柴秀吉、明智光秀などの指揮下でもって各地を転戦する。

同一〇(1582)年、信長が本能寺において横死。

すると今度は羽柴秀吉に仕えた。

同一一(1583)年には伊勢の滝川一益が籠もる亀山城を攻め、賤ヶ岳においても功を挙げている。

同一二(1584)年の小牧長久手合戦、同一三(1585)の雑賀攻めにも出陣。

同一五(1587)年の九州征伐、同一八(1590)年の小田原征伐、朝鮮出兵の折りには肥前名護屋で留守居となる。

一方で茶人としてその名は、利休七哲の一人として後生に語り継がれている。

慶長二十(1615)年の大阪の陣にて、大阪方に内通したとの嫌疑を掛けられ釈明する事なく自刃した。


以上です。


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